「4.(黙秘権その1) 黙秘権は当然の権利です」

 ある事件について容疑者が逮捕されたというニュースにおいて,「弁護士が来るまで話さない,と話しているそうです」,あるいは「容疑者は黙秘しているそうです」といった報道がなされることがあります。私などは,そのような報道の仕方を見ると,なんとなく,やましいことがあるから話さないのではないか,とか,黙秘するなんて怪しからん,といったネガティブなニュアンスで報道しているように感じてしまいます。人間の素朴な感情としてはそうかもしれませんが,ネガティブに捉えるのは法律的には明らかな誤りです。

 まず,憲法38条においては,何人も,自己に不利益な供述を強要されないこと,強制や拷問,脅迫による自白などは証拠とすることができないこと,自己に不利益な唯一の証拠が自白である場合には有罪とされないことなどが定められています。

 これは,戦前に,酷い拷問によって自白が強要され,無実の人が有罪にされたという苦い経験の反省に基づくものであり,憲法により黙秘権が絶対的に保障されているのです。

 これを受けて刑事訴訟法や刑事訴訟規則,警察官が守るべき心構えなどを定めた犯罪捜査規範においては,紹介しきれないくらいたくさんの黙秘権を保障する規定が置かれています。長くなるので,それらは後で一部を紹介します。

 これらは何を意味するのかというと,元々,刑事手続においては,被疑者・被告人の話などなくても手続が進むようにできているということです。被疑者・被告人は,話したければ話せばいいし,話したくなければ一切話す必要はないのです。話さないからといってそのことだけで不利益に扱われることは一切なく,被疑者・被告人が犯罪を犯したと認めているかどうかも関係がありません。

 なんとなく,自分の言い分を言わないと不利になるのではないかと思いたくなりますし,実際に,取調官から,話さないと不利になるぞと言われたと聞くことがあります。

 では,被疑者は認めていないという前提で,もう少し具体的に考えて見ましょう。

1 被疑者の話がなくても起訴できるほど証拠が揃っている場合

 この場合,話さなくても起訴されるのですから,話す意味はありません。話しても起訴されるので同じことです。

2 被疑者の話がないと起訴できない場合

 この場合,証拠が揃わずそのままだと起訴できないのですから,やはり話す意味はありません。

3 1でも2でもない場合(話した方がいいかもしれない場合)

 これはかなり微妙ですが,一応,被疑者の話がなくても限りなく起訴されそうだけど,被疑者の弁解は十分に筋が通っていて裏付けも取れそうなので,それがあれば起訴されなさそうな場合と言うことはできます。ただ,実際にこれがどんな場面かと言われると具体的にはなかなか想定できません。スマホの記録など容易に確認できる客観的なもので裏付けができ,内容的にも無視はできないものである必要があると思いますが,その程度のことは警察においても確認するでしょうから,特に話さなくてもいい気もします。

 結局,被疑者にも我々弁護人にも,警察がどの程度証拠を揃えているか(揃えられそうか)が正確には分からない以上,1から3のどれなのかは容易には判断できませんので,3の場面なので話した方がいいと正確に判断できることはほとんどないように思います。

 このように,どんな場合に話さないと不利になるのか,実は具体的にはよく分からないというのが実態であって,多くの場合は,何らか弁解したとしても,その内容が不自然だとか,弁解内容が変遷したなど,結果的に裁判において不利益に働くことがほとんどというのが私の実感です。

 逆に,限りなく起訴されそうだけどとりあえず黙秘して頑張っていたら,最終的には嫌疑不十分で不起訴になったという経験は何回かあります。

 既に述べたとおり,被疑者の話などなくてもいいように手続はできているのですから,実際の捜査においては,被疑者の話以外のことを一生懸命調べているのであり,被疑者の話は一切ない(かもしれない),というのが大前提なのです。被疑者が認めてくれたらラッキーというくらいではないでしょうか。

 法律上は,話さないのはおかしい,やましことがないなら話すべき,というのは明らかな誤りだと理解して下さい。

 被疑者・被告人は一切話す必要などないのです。

 次のコラムでは,黙秘は具体的にどうやるのかを考えてみたいと思います。

                                           (2024/3/5 弁護士 戸谷嘉秀)

 

 

参考・黙秘権を保障している規定の例

(刑事訴訟法)

 第198条2項は,取調べに際しては,被疑者に対して黙秘権を告知しなければならないとされています。

 同5項では,作成した供述調書について,被疑者が誤りのないことを申し立てた場合は署名押印を求めることができるけれども,被疑者が拒絶した場合は求められないとされています。

 第291条5項は,公判の冒頭手続において,検察官が起訴状を朗読した後,被告人には終始沈黙し,または個々の質問に対して陳述を拒むことができる旨(つまり黙秘権があること)を告げなければならないとされています。

 第311条1項は,公判において,被告人は終始沈黙し,または個々の質問に対して供述を拒むことができるとされています。

 第322条は,自己に不利益な内容が書かれた供述調書に被疑者が署名押印しているものは裁判の証拠にできるけれども,任意になされたものではない疑いがあるときは証拠にはできないと定めています。

(刑事訴訟規則)

 第197条1項は,裁判長は,起訴状の朗読が終つた後、被告人に対し、黙秘権を告知し,黙っていてもいいし,発言してもいいけれど,発言した場合は有利な証拠にも不利な証拠にもなると告げなければならないと定めています。

 

(犯罪捜査規範)

 第168条は,強制や拷問など供述の任意性に疑念をいだかれるような方法を用いてはならないこと,みだりに供述を誘導したり,利益の供与を約束してはならないこと,深夜の取調べや,長時間の取調べは避けなければならないことなどが定められています。

 第177条1項は,取調べを行ったときは被疑者の供述調書を作成しなければならないことが定められる一方で,第181条3項では,被疑者が署名押印を拒否した場合は,警察官がその旨を記載して署名押印をしなければならないことが定められています(つまり,必ずしも署名押印はしなくてもいいということが前提になっています)。

                                           (2024/3/20 弁護士 戸谷嘉秀)

 ある事件について容疑者が逮捕されたというニュースにおいて,「弁護士が来るまで話さない,と話しているそうです」,あるいは「容疑者は黙秘しているそうです」といった報道がなされることがあります。私などは,そのような報道の仕方を見ると,なんとなく,やましいことがあるから話さないのではないか,とか,黙秘するなんて怪しからん,といったネガティブなニュアンスで報道しているように感じてしまいます。人間の素朴な感情としてはそうかもしれませんが,ネガティブに捉えるのは法律的には明らかな誤りです。

 まず,憲法38条においては,何人も,自己に不利益な供述を強要されないこと,強制や拷問,脅迫による自白などは証拠とすることができないこと,自己に不利益な唯一の証拠が自白である場合には有罪とされないことなどが定められています。

 これは,戦前に,酷い拷問によって自白が強要され,無実の人が有罪にされたという苦い経験の反省に基づくものであり,憲法により黙秘権が絶対的に保障されているのです。

 これを受けて刑事訴訟法や刑事訴訟規則,警察官が守るべき心構えなどを定めた犯罪捜査規範においては,紹介しきれないくらいたくさんの黙秘権を保障する規定が置かれています。長くなるので,それらは後で一部を紹介します。

 これらは何を意味するのかというと,元々,刑事手続においては,被疑者・被告人の話などなくても手続が進むようにできているということです。被疑者・被告人は,話したければ話せばいいし,話したくなければ一切話す必要はないのです。話さないからといってそのことだけで不利益に扱われることは一切なく,被疑者・被告人が犯罪を犯したと認めているかどうかも関係がありません。

 なんとなく,自分の言い分を言わないと不利になるのではないかと思いたくなりますし,実際に,取調官から,話さないと不利になるぞと言われたと聞くことがあります。

 では,被疑者は認めていないという前提で,もう少し具体的に考えて見ましょう。

1 被疑者の話がなくても起訴できるほど証拠が揃っている場合

 この場合,話さなくても起訴されるのですから,話す意味はありません。話しても起訴されるので同じことです。

2 被疑者の話がないと起訴できない場合

 この場合,証拠が揃わずそのままだと起訴できないのですから,やはり話す意味はありません。

3 1でも2でもない場合(話した方がいいかもしれない場合)

 これはかなり微妙ですが,一応,被疑者の話がなくても限りなく起訴されそうだけど,被疑者の弁解は十分に筋が通っていて裏付けも取れそうなので,それがあれば起訴されなさそうな場合と言うことはできます。ただ,実際にこれがどんな場面かと言われると具体的にはなかなか想定できません。スマホの記録など容易に確認できる客観的なもので裏付けができ,内容的にも無視はできないものである必要があると思いますが,その程度のことは警察においても確認するでしょうから,特に話さなくてもいい気もします。

 結局,被疑者にも我々弁護人にも,警察がどの程度証拠を揃えているか(揃えられそうか)が正確には分からない以上,1から3のどれなのかは容易には判断できませんので,3の場面なので話した方がいいと正確に判断できることはほとんどないように思います。

 このように,どんな場合に話さないと不利になるのか,実は具体的にはよく分からないというのが実態であって,多くの場合は,何らか弁解したとしても,その内容が不自然だとか,弁解内容が変遷したなど,結果的に裁判において不利益に働くことがほとんどというのが私の実感です。

 逆に,限りなく起訴されそうだけどとりあえず黙秘して頑張っていたら,最終的には嫌疑不十分で不起訴になったという経験は何回かあります。

 既に述べたとおり,被疑者の話などなくてもいいように手続はできているのですから,実際の捜査においては,被疑者の話以外のことを一生懸命調べているのであり,被疑者の話は一切ない(かもしれない),というのが大前提なのです。被疑者が認めてくれたらラッキーというくらいではないでしょうか。

 法律上は,話さないのはおかしい,やましことがないなら話すべき,というのは明らかな誤りだと理解して下さい。

 被疑者・被告人は一切話す必要などないのです。

 次のコラムでは,黙秘は具体的にどうやるのかを考えてみたいと思います。

                                           (2024/3/5 弁護士 戸谷嘉秀)

 

 

参考・黙秘権を保障している規定の例

(刑事訴訟法)

 第198条2項は,取調べに際しては,被疑者に対して黙秘権を告知しなければならないとされています。

 同5項では,作成した供述調書について,被疑者が誤りのないことを申し立てた場合は署名押印を求めることができるけれども,被疑者が拒絶した場合は求められないとされています。

 第291条5項は,公判の冒頭手続において,検察官が起訴状を朗読した後,被告人には終始沈黙し,または個々の質問に対して陳述を拒むことができる旨(つまり黙秘権があること)を告げなければならないとされています。

 第311条1項は,公判において,被告人は終始沈黙し,または個々の質問に対して供述を拒むことができるとされています。

 第322条は,自己に不利益な内容が書かれた供述調書に被疑者が署名押印しているものは裁判の証拠にできるけれども,任意になされたものではない疑いがあるときは証拠にはできないと定めています。

(刑事訴訟規則)

 第197条1項は,裁判長は,起訴状の朗読が終つた後、被告人に対し、黙秘権を告知し,黙っていてもいいし,発言してもいいけれど,発言した場合は有利な証拠にも不利な証拠にもなると告げなければならないと定めています。

 

(犯罪捜査規範)

 第168条は,強制や拷問など供述の任意性に疑念をいだかれるような方法を用いてはならないこと,みだりに供述を誘導したり,利益の供与を約束してはならないこと,深夜の取調べや,長時間の取調べは避けなければならないことなどが定められています。

 第177条1項は,取調べを行ったときは被疑者の供述調書を作成しなければならないことが定められる一方で,第181条3項では,被疑者が署名押印を拒否した場合は,警察官がその旨を記載して署名押印をしなければならないことが定められています(つまり,必ずしも署名押印はしなくてもいいということが前提になっています)。

                                           (2024/3/20 弁護士 戸谷嘉秀)