「2.法律用語は正確に」

 民事裁判の訴状が届いたという方が相談に来られて,「この「被告」ってなんですか。まるで悪いことをしたみたいじゃないですか」とお怒りだったことがありました。民事裁判では,訴えた方を「原告」,訴えられた方を「被告」と呼んで区別するだけなので,私も訴えられたら「被告」と書かれるんです,と説明して,ようやく納得していただけます。

 このような誤解は,刑事裁判の報道に原因の一つがあるんじゃないかと思います。刑事訴訟法では,刑事裁判にかけられた人は「被告人」であり,「被告」という用語はありません。裁判においても裁判官は,「○○被告人は前に出てください」などと必ず「被告人」と呼びます。

 一方で,刑事裁判の報道では,「○○被告」と呼ぶことがほとんどであり,「○○被告人」と呼ぶことはまずないと思います。「被告」は言葉の上で「被告人」の一部ですから,間違いではないのかもしれませんが,我々法律家はそこはきちんと区別して使います。冒頭の民事裁判の相談者の方も,おそらくそのような報道を見て,「被告」とは悪いことをした人というイメージを持たれたんだと思いますが,きちんと区別されて「被告人」と報道がなされていれば,誤解は防げたかもしれません。過去,何回かマスコミの記者の人に,きちんと「被告人」という用語を使うように言ってみましたが,直したという話は聞いたことがありませんので,今後も直されることはないんだろうなと思います。

 「弁護士」と「弁護人」もよく混同されていると思います。「弁護士」は,弁護士法によって定められた資格の名前であり,職業の名前でもあります。「弁護人」は刑事手続において被疑者・被告人を援助する人であり,弁護人は,原則として弁護士である必要があります(刑事訴訟法第31条1項)。これに対して,民事裁判では,弁護人ではなく「訴訟代理人」であり,訴訟代理人も原則として弁護士である必要があります(民事訴訟法第54条1項)。いずれにしても,「弁護人」というのは刑事手続だけの用語であり,民事裁判では一切出てきませんので,民事事件・民事裁判に関する報道で「弁護人」と書くのは誤りです。

 最も甚だしい間違いの例として,過去,私が担当した傷害致死事件について,「弁護人は殺意はなかったと主張した」と報道されたことがあります。同じように人を傷つけて死なせてしまった場合でも,殺意があれば殺人罪,殺意がなければ傷害致死罪です。検察官も殺意はないと判断して傷害致死罪で起訴しているのに,弁護人である私が殺意はなかったと主張したら,法律を知らないのかと笑われてしまいます。

 私は,家族がどんなに注意しても毎晩酒を飲んで問題を起こす被害者に対して,どうして分かってくれないのか,少し痛い目に遭えば分かってくれるかもという気持ちから犯行に及んだという点について,積極的に傷つけようとしたわけではない,と主張しただけです。法律用語も知らず,また,きちんと傍聴もせずに報道がなされたとしか思えません。

 正確な事実関係は,事件の内容を知らせたり,論評や批判,議論する際の大前提だと思いますので,できる限り用語は正確に,また,世間一般に対して報道する以上,最低限の正確な知識は身につけていただきたいと思っています。

 

                                            (2024/2/6 弁護士 戸谷嘉秀)

 民事裁判の訴状が届いたという方が相談に来られて,「この「被告」ってなんですか。まるで悪いことをしたみたいじゃないですか」とお怒りだったことがありました。民事裁判では,訴えた方を「原告」,訴えられた方を「被告」と呼んで区別するだけなので,私も訴えられたら「被告」と書かれるんです,と説明して,ようやく納得していただけます。

 このような誤解は,刑事裁判の報道に原因の一つがあるんじゃないかと思います。刑事訴訟法では,刑事裁判にかけられた人は「被告人」であり,「被告」という用語はありません。裁判においても裁判官は,「○○被告人は前に出てください」などと必ず「被告人」と呼びます。

 一方で,刑事裁判の報道では,「○○被告」と呼ぶことがほとんどであり,「○○被告人」と呼ぶことはまずないと思います。「被告」は言葉の上で「被告人」の一部ですから,間違いではないのかもしれませんが,我々法律家はそこはきちんと区別して使います。冒頭の民事裁判の相談者の方も,おそらくそのような報道を見て,「被告」とは悪いことをした人というイメージを持たれたんだと思いますが,きちんと区別されて「被告人」と報道がなされていれば,誤解は防げたかもしれません。過去,何回かマスコミの記者の人に,きちんと「被告人」という用語を使うように言ってみましたが,直したという話は聞いたことがありませんので,今後も直されることはないんだろうなと思います。

 「弁護士」と「弁護人」もよく混同されていると思います。「弁護士」は,弁護士法によって定められた資格の名前であり,職業の名前でもあります。「弁護人」は刑事手続において被疑者・被告人を援助する人であり,弁護人は,原則として弁護士である必要があります(刑事訴訟法第31条1項)。これに対して,民事裁判では,弁護人ではなく「訴訟代理人」であり,訴訟代理人も原則として弁護士である必要があります(民事訴訟法第54条1項)。いずれにしても,「弁護人」というのは刑事手続だけの用語であり,民事裁判では一切出てきませんので,民事事件・民事裁判に関する報道で「弁護人」と書くのは誤りです。

 最も甚だしい間違いの例として,過去,私が担当した傷害致死事件について,「弁護人は殺意はなかったと主張した」と報道されたことがあります。同じように人を傷つけて死なせてしまった場合でも,殺意があれば殺人罪,殺意がなければ傷害致死罪です。検察官も殺意はないと判断して傷害致死罪で起訴しているのに,弁護人である私が殺意はなかったと主張したら,法律を知らないのかと笑われてしまいます。

 私は,家族がどんなに注意しても毎晩酒を飲んで問題を起こす被害者に対して,どうして分かってくれないのか,少し痛い目に遭えば分かってくれるかもという気持ちから犯行に及んだという点について,積極的に傷つけようとしたわけではない,と主張しただけです。法律用語も知らず,また,きちんと傍聴もせずに報道がなされたとしか思えません。

 正確な事実関係は,事件の内容を知らせたり,論評や批判,議論する際の大前提だと思いますので,できる限り用語は正確に,また,世間一般に対して報道する以上,最低限の正確な知識は身につけていただきたいと思っています。

 

                                            (2024/2/6 弁護士 戸谷嘉秀)