「6.(黙秘権その3) 黙秘権を行使したら何が起こる?」

 コラム4と5では,被疑者・被告人には黙秘権が絶対的に保障されていること,出されたものに名前を書かなければ,かなりの部分その目的は達成できることなどを説明しました。
 以下では,そのような被疑者に対してどのような取調べがなされるのか,実際に私や私の事務所の弁護士が見聞きしたことがあるものをいくつかのタイプに分けて紹介したいと思います。それに対する私のコメントも書いてみます。

(黙秘権を侵害するもの)  
取調官  言いたくない理由を言え!
  →黙秘権の行使に理由は要らないので,答えません。そんな質問自体が黙秘権の侵害ですよ。 
取調官  黙秘権は本当のことを黙っている権利じゃないぞ!
  →本当のことを話さなければならない黙秘権って意味が分からないですよ。一切何も話さない権利ですよね。

(被疑者を脅迫するもの)
取調官  黙秘なんてしていたら不利になるぞ!
  →じゃあ話したら有利になるんですか。黙秘は不利益には扱えませんよ。
取調官  弁護士の言うことなんて聞いてどうなっても知らんぞ!
 →じゃあ,あなたの言うことを聞いたらどうなるんですか。そちらは有罪にしようと頑張っているんでしょ。弁護士は起訴されないように頑張っているんですよ。 
取調官  じゃあ仕方がない,朝まで取調べが終わらんぞ!
 →どうぞ。取調べの時間は全部記録されていますから後で問題になりますよ。
取調官  お母さん(妻,息子,娘など)も来てもらうことになるぞ。
 →どうぞ。事件のことを何も知らない人を呼んでも時間の無駄ですよ。
取調官  話さないと再逮捕を繰り返して長くなるぞ!
  →話して起訴されるなら,そっちの方がもっと長くなりますよね。証拠があるならさっさと起訴したらいいんじゃないですか。

(情に訴えるもの)
取調官  母親が心配しているぞ!
  →心配ご無用。母親が心配しているのは,やってもないことを認めさせられて有罪になることじゃないですか。
取調官  お前も大して報酬をもらっていないんだから,共犯者をかばう意味ないだろ。
→報酬をたくさんもらっているならかばっていいんですか。

(虚偽を告げるもの)
取調官  共犯者はもうしゃべっているぞ!防犯カメラにばっちり映っているぞ。
  →だったらその証拠を見せてくださいよ。 

(利益誘導するもの)
取調官  認めて謝れば起訴されないのに!
  →あなたにその権限はないでしょ。本当にそうなら検察官から起訴しないという一筆をもらってきてくださいよ。
取調官  検事さんに言って保釈を通してもらうから,出られたら温かいラーメン食いに行こう!
→留置場では温かい食事が出ないのでラーメンは食べたい・・けど,そもそもあなたは保釈に口出しできる立場ではないですよね。しかも,それって有罪が前提でしょ?私はやっていませんよ。
 このように見ていくと,ちゃんと法律を分かって対応すれば,特に困ることはありません。黙秘権は理由なく行使でき,絶対的に保障されているので,合理的に打ち破ることのできる取調べ方法などないのです。
 黙秘を続けることは大変かもしれませんが,既に書いたように,名前を書かなければいいだけですし,態度に出さないだけで,調書が作成できなくて困っているのは取調官の方かもしれません。被疑者の方は調書など作成されなくても何も困らないのです。
 少し古い話になりますが,昔,「太陽にほえろ」というテレビドラマで,「落としの山さん」というキャラクターがありました。どんなに頑なに供述を拒んでいる被疑者でも,カツ丼など食べながら,「落としの山さん」が優しく語りかけて色々話しているうちにホロッときて自供するというような役どころでした。
 私は,被疑者が自分はやっていないと言っている場合に,捜査官を本当に心の底から信頼して自供することなどは幻想だと思っています。捜査官は,いわば自分の生殺与奪の権限を持っているのであり,その相手を心から信頼するなど,人間の心理としてまずないと思います。自分はそうやっていると思っている捜査関係者の方は,自分が被疑者になって取調べを受けている場面を想像してみればいいと思います。もしそれがあるとすれば,本当はやっているという場合だろうと思いますが,ここでの話は本当にやっていないということが前提です。
 本当にやっているかどうかは本人しか分からないことであり,捜査官が,やっているのに間違いないと思うのは勝手ですが,やっているかいないかは裁判で出された証拠によって決まる話ですから,そう思うなら淡々と起訴すればいいだけだろうと思います。それなのに自白を迫るというのは,やはり証拠が足りないのだろうかと思ってしまいます。
 実際のところがどうなのかは分かりませんが,過去に,黙秘を続けて全く調書に署名しない被疑者に対して,取調官が「ええねん,オレはもう出世は諦めた」と言ったという話を聞いたことがありますので,なんとなく,今でもまだ取調官は「落としの山さん」みたいに被疑者を自供させて自白調書を作成してなんぼで,自白調書を作れる取調官が優秀という感覚があるのかもしれません。
 冒頭に紹介した無理な取調べを見ていると,取調官の方が無理して焦っているように感じます。特に勾留満期が近づいてくるとこのような取調べが増える傾向があると思いますが,それはそのような捜査機関内部の評価と関係があるのかもしれません。しかし,仮にそうであっても,黙秘権がある以上,こちらから見ればそれは取調官の都合であって,被疑者がそれに付き合う必要は全くないと思います。
 このような事情をきちんと理解し,だいぶ焦っているな,でも署名はしないのよ,と思って捜査官を眺めていれば,案外楽にやり過ごせたりするものです。

                                 (2024/4/4 弁護士 戸谷嘉秀)

 コラム4と5では,被疑者・被告人には黙秘権が絶対的に保障されていること,出されたものに名前を書かなければ,かなりの部分その目的は達成できることなどを説明しました。
 以下では,そのような被疑者に対してどのような取調べがなされるのか,実際に私や私の事務所の弁護士が見聞きしたことがあるものをいくつかのタイプに分けて紹介したいと思います。それに対する私のコメントも書いてみます。

(黙秘権を侵害するもの)  
取調官  言いたくない理由を言え!
  →黙秘権の行使に理由は要らないので,答えません。そんな質問自体が黙秘権の侵害ですよ。 
取調官  黙秘権は本当のことを黙っている権利じゃないぞ!
  →本当のことを話さなければならない黙秘権って意味が分からないですよ。一切何も話さない権利ですよね。

(被疑者を脅迫するもの)
取調官  黙秘なんてしていたら不利になるぞ!
  →じゃあ話したら有利になるんですか。黙秘は不利益には扱えませんよ。
取調官  弁護士の言うことなんて聞いてどうなっても知らんぞ!
 →じゃあ,あなたの言うことを聞いたらどうなるんですか。そちらは有罪にしようと頑張っているんでしょ。弁護士は起訴されないように頑張っているんですよ。 
取調官  じゃあ仕方がない,朝まで取調べが終わらんぞ!
 →どうぞ。取調べの時間は全部記録されていますから後で問題になりますよ。
取調官  お母さん(妻,息子,娘など)も来てもらうことになるぞ。
 →どうぞ。事件のことを何も知らない人を呼んでも時間の無駄ですよ。
取調官  話さないと再逮捕を繰り返して長くなるぞ!
  →話して起訴されるなら,そっちの方がもっと長くなりますよね。証拠があるならさっさと起訴したらいいんじゃないですか。

(情に訴えるもの)
取調官  母親が心配しているぞ!
  →心配ご無用。母親が心配しているのは,やってもないことを認めさせられて有罪になることじゃないですか。
取調官  お前も大して報酬をもらっていないんだから,共犯者をかばう意味ないだろ。
→報酬をたくさんもらっているならかばっていいんですか。

(虚偽を告げるもの)
取調官  共犯者はもうしゃべっているぞ!防犯カメラにばっちり映っているぞ。
  →だったらその証拠を見せてくださいよ。 

(利益誘導するもの)
取調官  認めて謝れば起訴されないのに!
  →あなたにその権限はないでしょ。本当にそうなら検察官から起訴しないという一筆をもらってきてくださいよ。
取調官  検事さんに言って保釈を通してもらうから,出られたら温かいラーメン食いに行こう!
→留置場では温かい食事が出ないのでラーメンは食べたい・・けど,そもそもあなたは保釈に口出しできる立場ではないですよね。しかも,それって有罪が前提でしょ?私はやっていませんよ。
 このように見ていくと,ちゃんと法律を分かって対応すれば,特に困ることはありません。黙秘権は理由なく行使でき,絶対的に保障されているので,合理的に打ち破ることのできる取調べ方法などないのです。
 黙秘を続けることは大変かもしれませんが,既に書いたように,名前を書かなければいいだけですし,態度に出さないだけで,調書が作成できなくて困っているのは取調官の方かもしれません。被疑者の方は調書など作成されなくても何も困らないのです。
 少し古い話になりますが,昔,「太陽にほえろ」というテレビドラマで,「落としの山さん」というキャラクターがありました。どんなに頑なに供述を拒んでいる被疑者でも,カツ丼など食べながら,「落としの山さん」が優しく語りかけて色々話しているうちにホロッときて自供するというような役どころでした。
 私は,被疑者が自分はやっていないと言っている場合に,捜査官を本当に心の底から信頼して自供することなどは幻想だと思っています。捜査官は,いわば自分の生殺与奪の権限を持っているのであり,その相手を心から信頼するなど,人間の心理としてまずないと思います。自分はそうやっていると思っている捜査関係者の方は,自分が被疑者になって取調べを受けている場面を想像してみればいいと思います。もしそれがあるとすれば,本当はやっているという場合だろうと思いますが,ここでの話は本当にやっていないということが前提です。
 本当にやっているかどうかは本人しか分からないことであり,捜査官が,やっているのに間違いないと思うのは勝手ですが,やっているかいないかは裁判で出された証拠によって決まる話ですから,そう思うなら淡々と起訴すればいいだけだろうと思います。それなのに自白を迫るというのは,やはり証拠が足りないのだろうかと思ってしまいます。
 実際のところがどうなのかは分かりませんが,過去に,黙秘を続けて全く調書に署名しない被疑者に対して,取調官が「ええねん,オレはもう出世は諦めた」と言ったという話を聞いたことがありますので,なんとなく,今でもまだ取調官は「落としの山さん」みたいに被疑者を自供させて自白調書を作成してなんぼで,自白調書を作れる取調官が優秀という感覚があるのかもしれません。
 冒頭に紹介した無理な取調べを見ていると,取調官の方が無理して焦っているように感じます。特に勾留満期が近づいてくるとこのような取調べが増える傾向があると思いますが,それはそのような捜査機関内部の評価と関係があるのかもしれません。しかし,仮にそうであっても,黙秘権がある以上,こちらから見ればそれは取調官の都合であって,被疑者がそれに付き合う必要は全くないと思います。
 このような事情をきちんと理解し,だいぶ焦っているな,でも署名はしないのよ,と思って捜査官を眺めていれば,案外楽にやり過ごせたりするものです。

                                           (2024/4/4 弁護士 戸谷嘉秀)